井上真偽『アリアドネの声』を紹介します。舞台は障がい者支援都市として作られた「WANOKUNI」という街です。
幼い頃に兄を亡くした青年は、贖罪のために救助災害ドローンを扱う企業に勤めていました。そんなある日「WANOKUNI」が巨大地震によって崩れ去ってしまいます。
しかも、そこに「見えない・聞こえない・話せない」の3つの障害を持つ女性が取り残されてしまったのでした…。彼女は「WANOKUNI」のアイドルとされていた女性だったのです。
救えるはずの事故で兄を亡くした青年・ハルオは、贖罪の気持ちから救助災害ドローンを製作するベンチャー企業に就職する。業務の一環で訪れた、障がい者支援都市「WANOKUNI」で、巨大地震に遭遇。ほとんどの人間が避難する中、一人の女性が地下の危険地帯に取り残されてしまう。それは「見えない、聞こえない、話せない」という三つの障がいを抱え、街のアイドル(象徴)して活動する中川博美だった――。崩落と浸水で救助隊の侵入は不可能。およそ6時間後には安全地帯への経路も断たれてしまう。ハルオは一台のドローンを使って、目も耳も利かない中川をシェルターへ誘導するという前代未聞のミッションに挑む。
難易度が高すぎる女性の救助
浸水の恐れがある地下に取り残された女性・中川博美を何とか救助しないといけない。地下5階にいる彼女を、地下3階のシェルターまでドローンを使って誘導することになります。
ドローン操縦を教える立場にあったハルオは、このミッションに挑むことになりました。
しかし、彼女は自分がどのような状況なのかを把握できていないし、ましてやドローンが到着したかどうかを判断することもできません。なぜなら博美は目が見えず耳も聞こえないからです。
ハルオたち救助メンバーは彼女を無事シェルターへ誘導することができるのか。手に汗握る物語が幕を開けます。
緊迫感があって先が気なる
救助サスペンスになっている作品なので、ハルオの前には何度も壁が立ち塞がります。そのたびに、博美と連携を取って乗り越えていこうとしていきます。
まずはどのように彼女にドローンの存在を知ってもらうのか。ここから始まり次にどのように誘導をしていくのか。そして、予想していなかった問題が次々と起こります。
無理なのではないかと思われる状況の数々、一難去ってまた一難の連続にドキドキしてしまいました。緊迫感があって先が気になって仕方ありませんでした。
救助を描いているがミステリ要素もある
本作のテーマは、上で書いた通り博美の救助となっています。さまざまな障害物がある地下施設から、無事に彼女を救出することはできるのか。物語の焦点はここに置かれています。
しかし、著者の井上真偽さんはこれまでにたくさんのミステリを書いてきた方です。本作にも、ミステリ要素はあります。それは、博美は本当に3つの障害を抱えているのか?ということです。
救助を進めていくうちに、メンバーの中でこの違和感が発生するのでした。実は彼女は障害を抱えていないのではないか。わざと障害があるフリをしていたのではないか。
救助が無事にできるのかという緊迫感だけではなく、この謎についてもうまく提示と回収がされる。ラストの展開にはびっくりでした。まさかそんなことになっていたとは…となります。
ただ、本作はどんでん返しの衝撃度に重きを置いているわけではないと思います。(『方舟』ばりの衝撃を求めて読むと、ちょっと物足りなさを感じるかもしれないので注意してください。)
とはいえ、読後の余韻も含めて、あなたの心に響くメッセージはきっとあるはず。これまでの井上真偽さんの作品とは一味違った、緊迫な体験を是非楽しんでみてください!