辻堂ゆめさんの『トリカゴ』のあらすじと感想をネタバレなしで紹介します。
無戸籍をテーマにした社会派ミステリ作品。読後には何とも言えない後味(良くも悪くもない)と当たり前のありがたさを感じられました。
蒲田署強行犯係の森垣里穂子は、殺人未遂事件の捜査中に無戸籍者が隠れ住む生活共同体を発見する。その共同体“ユートピア”のリーダーはリョウ、その妹のハナが事件の容疑者となっていた。彼らの置かれた状況を知った里穂子は、捜査が“ユートピア”を壊すのではないかと葛藤を抱くようになり……『十の輪をくぐる』の著者渾身の書き下ろし長編ミステリ。
殺人事件未遂で捕まった女性。彼女には戸籍がなかった。そして、彼女の存在は24年前に起きたある事件との繋がりを示唆していました。
無戸籍者コミュニティ・”ユートピア”
物語は警察官の里穂子が、ある殺人未遂事件の犯人を捕まえるところから始まります。
交際相手から別れ話を持ち掛けられたことで、カッとなって刺したとされるこの事件。しかし、犯人と思しき、叶内花(ハナ)と名乗る女性は、取り調べで自分のことを明かそうとしてくれません。
痺れを切らして詰問をした里穂子に対して、ハナは「自分には戸籍がない」というのでした。
この事件をきっかけに、里穂子はハナたちが暮らす、無戸籍者のための隠れ住居・ユートピアの存在を知ります。
そこには、戸籍を与えられて暮らしてきた里穂子にとっては想像もつかないような、何者でもない者たちの世界が広がっていたのでした。
24年前に起きた鳥籠事件
捜査を続けるうちに、里穂子はハナはユートピアの前に捨て犬のごとく捨てられていたと知ります。それも、現在のユートピアのリーダー的存在であるリョウと一緒に。
彼らは兄妹で、幼い頃から無戸籍として、このユートピアで育ってきた。そのことを知った里穂子はある疑念を持ちます。
二人は24年前に起きた鳥籠事件の被害者なのではないかと。
この事件は、当時3歳の長男と1歳の長女が、子供部屋に鳥を飼うかのごとく、母親に部屋に監禁されていた事件です。
助け出された直後は歩くことも話すこともできなかった二人。その後、児童養護施設に預けられますが、その一年後、今度は何者かに誘拐されてしまうのでした。
そして、彼らの行方は今もわからないまま。この事件が起きたタイミングとリョウとハナが、ユートピアにやってきたタイミングがほぼ同時期だった。
もしかすると、二人は事件の被害者なのではないかと、里穂子は捜査を進めるのです。
事件の真相には驚きと悲しさが混在
本作には大きく2つの謎が存在しています。
1つは、ハナが犯人だと考えられている最初の殺人未遂事件の真相です。これは証拠不十分のため、ハナが起訴はされない見込みになっていました。
しかし、本当に犯人はハナなのか。疑問の多い状況と証言があり、読者は真相がわかりません。かと言ってハナ以外には動機が見当たらない。
この事件の裏には誰のどのような思いがあったのか?
次に2つ目の謎。鳥籠事件の真相です。リョウとハナは本当に鳥籠事件の被害者だったのか。そして、犯人は誰で、何のためにリョウとハナを誘拐したのか。
終盤になるつれて明らかになってくる、これら2つの事件の謎。そこには胸を締め付けられるような想像を絶する真相がありました。
心が苦しくなるという陳腐な言葉では表せない。あまりにもやるせない出来事が裏には潜んでいます。
この難しいテーマに対して、ここまで緻密に伏線を仕掛けて驚きを用意してくれる辻堂さんが本当にスゴイ…。
当たり前のありがたみを味わえる
本作を読んで感じたことは当たり前は当たり前ではないということです。
自分という存在が確かにあって、病気になれば病院に行ける。そして、どんな形であれ、社会というコミュニティに属せている。何不自由なく生活できるこの環境が、当たり前だと感じています。
しかし、もしかすると当たり前ではない人がいるのかもしれない。今の自分の居場所に有難みを感じずにはいられませんでした。
特に、謎が明らかになっていく後半では、この気持ちがより強くなってきます。
作品に仕掛けられていた謎が明らかになる時。何気なく暮らせていることへの感謝、居場所があることへの喜びを痛感できるはずです。
読後感は良いとは正直言えません。ただ、今こうして当たり前のように生きていることを、嬉しく感じられることは間違いありません。
前を向いて自分の人生を精一杯に生きていこうと思える。そんなメッセージが詰まった作品でした。