くわがきあゆ『レモンと殺人鬼』と紹介します。本作は2023年4月6日に刊行された作品で、第21回『このミステリーがすごい!』大賞で文庫グランプリを受賞しています。
十年前、洋食屋を営んでいた父親が通り魔に殺されて以来、母親も失踪、それぞれ別の親戚に引き取られ、不遇をかこつ日々を送っていた小林姉妹。しかし、妹の妃奈が遺体で発見されたことから、運命の輪は再び回りだす。被害者であるはずの妃奈に、生前保険金殺人を行なっていたのではないかという疑惑がかけられるなか、妹の潔白を信じる姉の美桜は、その疑いを晴らすべく行動を開始する。
ライターの瀧井朝世さんが「二転三転四転五転の展開にねじ伏せられました」と語っている本作。その通りの、予想外のどんでん返しが何度も起こる素晴らしいミステリでした。
読了直後で余韻がさめていない状態のまま、ネタバレなしで感想を書き連ねていきたいと思います。
不幸な境遇の姉妹
妹、妃奈が殺されたという報せを受けた姉の美桜。妹は、美桜にとって唯一の肉親でした。
というのも十年前に、未成年の通り魔の手で、父親が殺されてしまいます。その後、母が失踪してしまい、いまだに行方知れず。それぞれ別々に親戚に引き取られた姉妹でしたが、どちらも疎まれて育てられます。
高校卒業と同時に、親戚のもとを逃げるようにして社会人となった二人。しかし、社会に出てからも彼女たちを待ち受けていたのは、低賃金でのツライ仕事と貧しい生活の日々でした。
父が亡くなった時からツライ境遇になってしまった姉妹。しかも、父を殺した犯人は出所をしたという情報が入ります。そして、その矢先に、妃奈は何者かに殺されてしまうのでした。
怪しいのは誰?事件の真相は何?
しかし、世間から見た妃奈は、可哀そうな被害者ではありませんでした。彼女は、自らの恋人に保険金をかけており、受取人を自分にしていた過去がありました。その額は二億円。しかも、その恋人は転落死していたという事実も浮かんできます。
妃奈はそんなことをするはずはない。
自分たちがどうしてこんなにも苦しまないといけないのか。そんな思いと共に、美桜は妃奈の事件の真相と、妃奈にかけられた保険金詐欺の疑いを晴らそうと奔走するのでした。
そして、その過程で、登場する人物が誰もかれも怪しく見えてしまう。
大学職員として働く彼女を笑う、元同級生の真凛。ひょんなことから捜査を協力することになった真凛の彼氏の渚。大学内でボランティア活動をしている大学院生の桐宮。そして、妃奈と過去に親密な関係を持っていた企業の社長・銅森とその側近の金田。
誰が何の目的で、何のために動いているのか。前半は伏線を仕掛けているパートのはずなのに、構成が上手で気付けば没頭していました。
仕掛けられていた伏線が一気に姿を見せる
そして、本作の見せ場でもあるラストのどんでん返しパート。二転三転四転五転とは言って大丈夫なのだろうかと思っていましたが、見事に予想を上回ってきました。
基本的には現在の美桜視点で進んでいくのですが、ところどころで過去の回想や別の人物での視点でも描かれます。
これらを踏まえた上で、前半から仕込まれていた伏線が、最後の数十ページで一気に明かされていく。「そういうことだったのか!」からの「そこにも別の意味があったのか!」という連鎖が止まりません。
想像を覆される連続は、ミステリ好き・どんでん返し好きには心地よさしかありませんでした…。
言い表しづらいこの読後感は何…?
もちろん、どんでん返しの素晴らしさも良さではあるのですが、読後の不思議な余韻も本作を象徴する魅力だと思います。
物語の中では随所に、「虐げる側」と「虐げられる側」という表現が出てきます。不幸な境遇の姉妹は虐げられる側。そんな彼女たちを笑っている、見下しているのは虐げる側。
ネタバレにならないように言うと、この構図の見方が最後にちょっと変化が起きてしまいます。その時に感じた気持ちを、誰かと共有したくなる。そんなあまり味わったことのない気持ちを、読後に抱えることになりました。
話題になっていきそうな作品だと思いましたので、ミステリ好きの人はネタバレを見てしまう前に、早めに読むことをオススメします!