人の死なないミステリ。“日常の謎”と呼ばれています。
以前紹介をした米澤穂信『氷菓』がまさにそうです。
【感想】小説初心者でも楽しめる傑作(米澤穂信『氷菓』)米澤穂信さんが影響を受けた作家が北村薫さん。
「円紫さんと私」シリーズは、後に米澤穂信さんや加納朋子さんが、日常の謎を書くきっかけになりました。
今回はその、円紫さんと私シリーズの1作目『空飛ぶ馬』を紹介します。
まずは簡単にあらすじを。
主人公は文学部に通う女子大生。落語が趣味の彼女は縁があって、探偵役を務める落語家、春桜亭円紫と出会う。殺人事件のような大きな事件は起きないが、どの短編もごく日常的な観察の中から、不可解な謎が見出される。
5つの短編が収録されている本作。
すべての作品において、主人公の「私」が見つけた謎を、探偵役の「円紫さん」が解くという形式です。
以下の5つの物語について紹介します。
織部の霊
謎:加茂先生はなぜ見ず知らずの古田織部が切腹する夢を見たのか?
円紫さんと私の出会いの物語。
大学の教授、加茂先生に誘われて春桜亭円紫の公演へ。
飲みの席で、加茂先生は小学生時代の不思議な体験について話を始める。
それは、古田織部という歴史上の人物が切腹する夢を見たというもの。
実際に織部は切腹しているのだが、教科書にも載らないような人物。
そんな事実を小学生が知るはずがない。
先生はなぜそんな夢を見たのか?
真相にはなるほどと思ったものの、正直読むのが少し大変でした。笑
面白いのですが、ちょっと説明が多くて馴染みづらかったと感じてしまった。
ほかの4作はこれ以上に面白かったです。
砂糖合戦
謎:女子高生グループはなぜ紅茶に6,7個も角砂糖を入れるのか?
円紫さんと私が向かった喫茶店での話。
3人組の女子高生グループが突如として始めた砂糖合戦。
自身の紅茶に6個も7個も角砂糖を入れ始めたのです。
2個も入れれば十分な甘さになるはず。
何のためにこんなことを始めたのか?
「なぜ砂糖を入れるのか?」という問いに対しての答えがとても秀逸。
個人的には1番好きなお話。
目に見えていることがすべてではないことを教えてくれます。
落語のようなオチもお見事でした。
胡桃の中の鳥
謎:江美ちゃんの車からカバーがなくなったのはなぜか?
友人の正ちゃんと江美ちゃんと旅行に出かけた私。
円紫さんの独演会が目的でした。
独演会のついでに観光をしていた3人でしたが、そこでちょっとした事件が。
3人が乗ってきた江美ちゃんの車から、シートカバーがなくなっていたのです。
ほかに盗まれたものはないものの、なぜシートカバーだけなくなってしまったのか?
シートがなくなるとどうなるのか?という点が重要な本作。
前の2作品とは少し毛色の異なるラストでした。
必ずしもハッピーとは限らない。ありそうな日常感が印象的です。
赤頭巾
謎:公園に現れる赤頭巾は何者なのか?
歯医者で出会った女性から不思議な話を聞かされた私。
毎週決まった時間に赤い被りものをする女の子(赤頭巾)が現れるというのです。
ことの真相を確かめるべく、円紫さんの力を借りながら調査を始める私。
しかし、そこには思いもよらない事実が待っていました。
謎が日常に潜んでいるからこそ、より怖さを感じる本作。
メタファーがこんなにも上手に描かれる作品ってなかなかないなと思います。
どんでん返しではないですが、ラスト1行は衝撃的すぎました。
空飛ぶ馬
謎:幼稚園から木馬が消えたのはなぜか?
12月21日の幼稚園でのクリスマスパーティー。
酒屋の店主、国雄さんは自分の店にあった木馬を幼稚園へ寄贈します。
古くなったとはいえ新しい遊具に子供たちは大喜び。
その日の夜、木馬が幼稚園からなくなっているのを保護者が発見。
しかし、木馬は翌日には何事もなかったかのように幼稚園にありました。
木馬はどこに行っていたのか?
空を飛んでいたのか?
赤頭巾がダークなのに対して、こちらはホワイトな作品。
ほっこりするラストを用意してくれています。
赤頭巾の後の話なので、「人間も捨てたものじゃないでしょ?」という円紫さんの言葉がより際立ちます。
謎の中身としては「砂糖合戦」や「赤頭巾」の方が良かったですが、全体としてはこの作品も結構好きでした。
まとめ
日常の謎の金字塔と言える本作。
「なるほど」と思えるラストばかりでとても楽しい作品でした。
サクサク読める短編を読みたいと思っている人にはぜひオススメしたい一冊です。
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