「ドラえもんのひみつ道具で欲しいものは何?」
こんな質問をしたり、されたりした経験はありませんか。
夢を叶えてくれる不思議な道具の数々。
人生においても「あったらいいな」を感じることもありますよね。
今回は、そんなドラえもんのひみつ道具を題材にもしている小説を紹介します。
辻村深月『凍りのくじら』です。
藤子・F・不二雄を「先生」と呼び、その作品を愛する父が失踪して5年。
高校生の理帆子は、夏の図書館で「写真を撮らせてほしい」と言う一人の青年に出会う。
戸惑いつつも、他とは違う内面を見せていく理帆子。そして同じ頃に始まった不思議な警告。
皆が愛する素敵な“道具”が私たちを照らすとき―。(「BOOK」データベースより)
力強い光の源泉は何か?
物語の主人公は芦沢理帆子。父の名前である、芦沢光の名を継いで活躍する写真家です。
彼女の写真には力強い光が描かれていると評されます。
その理由は過去の彼女の体験に基づいていました。
本作は、彼女の過去にフォーカスを当てた物語が展開されていきます。
「少し・〇〇」な人たちの物語
理帆子はドラえもんが好きな高校生。
SFを「少し・不思議」と表現した藤子先生に倣って、自分は周囲の人を、「少し・〇〇」と名付けるゲームをしていました。
病気で幸が薄い母親には「少し・不幸」と名付け、問題点を見つけては改善に躍起になるクラスメイトを「少し・憤慨」と表現しました。
そんな理帆子ですが、自分自身は「少し・不在」。
誰とでも仲良くできるから居場所はどこにでもある。
ただし、完全にその輪に入れるわけではないし、入ろうともしない。だから「少し・不在」。
そんな彼女が出会った「少し・不健康」な別所あきら。
理帆子は、別所から「写真のモデルになってほしい」と言われます。
彼を通じて、理帆子は徐々に変わっていくのでした。
章のタイトルがひみつ道具名
この作品は10の章があり、それぞれにドラえもんのひみつ道具名がついています。
「どこでもドア」や「もしもボックス」のような知名度のある道具名もあれば、
「カワイソメダル」「いやなことヒューズ」のようにそこまで有名ではないものもあります。
しかも、ただ単に名前をつけているだけではありません。
物語の展開とひみつ道具の内容がしっかりリンクしています。
例えば第一章のどこでもドア。
これは理帆子の「少し・不在」な性格を物語っています。
居場所はどこにでもある。
存在したいところに行く手立てはあるという、彼女の心情や語り口調がキレイに表現されています。
第二章のカワイソメダルも同様。
この章では理帆子の元カレ・若尾についての描写がメインです。
世の中でいうところの、ダメ男の若尾ですが、何だかほっとけない。
それは彼が、持っているだけでみんなから可哀そうと思ってもらえるひみつ道具・カワイソメダルのおかげだと言います。
このように、物語と道具をキレイにリンクさせる構成の上手さはもちろんですが、辻村さんからはドラえもん愛を感じてなりません。
理帆子という1人の女性の人間心理を、ドラえもんのひみつ道具を通じて見事に描いている。
成長物語の中にキレイに当てはめていく展開は脱帽ものでした。
辻村さんらしい怒涛のラスト
辻村作品の魅力は、人間心理にフォーカスした葛藤と成長。
そしてラストの大掛かりな伏線回収です。
本作でも伏線回収はいかんなく発揮されています。
メイントリックなんか気づくわけない!(読み返すと、気づかないような仕掛けがされてるじゃん!となりました)
それでいて、納得感のある伏線回収なので文句は言えません。とても心地よく騙されました。
人間ドラマとしても面白いし、アッと驚く展開を求めていても楽しめる。
とても素晴らしい作品だと思います。
500ページを超える大作なので、小説慣れしていない人にはしんどいかもしれません。
(特に、序盤の理帆子は結構クセが強いので読んでてイライラしました。笑)
ただ、作中には慣れ親しんだ人も多い、ドラえもんネタが盛り込まれています。
飽きないような仕掛けもされているので、気付いたら作品にどっぷりつかっていることでしょう。
読んで後悔はしない!
気になる人は一度手に取ってみてはいかがでしょうか。