降田天『偽りの春 神倉駅前交番 狩野雷太の推理』を紹介します。
主人公は交番勤務・狩野雷太。交番にやってきた人に軽いノリで話を振るという、珍しいタイプのお巡りさん。しかし、推理力は抜群なのでした。
老老詐欺グループを仕切っていた光代は、メンバーに金を持ち逃げされたうえ、『黙っていてほしければ、一千万円を用意しろ』と書かれた脅迫状を受け取る。要求額を用立てるために危険な橋を渡った帰り道、へらへらした警察官に声をかけられ――。第71回日本推理作家協会賞(短編部門)を受賞した表題作「偽りの春」をはじめ、“落としの狩野”と呼ばれた元刑事の狩野雷太が5人の容疑者と対峙する、心を揺さぶるミステリ短編集。
5つの短編が収録されている本作。どれも倒叙ミステリ。古畑任三郎のように犯人が誰なのかわかった状態のミステリを言います。
そのため、基本的には犯人視点で話が進んでいきます。しかし、物語の全容は読者にもわからない。話を進めるにつれて、何が起こっていたのかがすべて明らかになる。
犯人のトリックや捕まるまでの過程を楽しむものではありません。どの作品には、オチとして驚きを用意してくれていました。各話のあらすじと感想をネタバレなしで紹介していきます。
鎖された赤
ある大学生が亡くなった祖父の家で蔵を見つけたところから物語は始まります。良い隠れ場所を見つけたことが原因で、彼はかねてから抱えていた少女を監禁するという犯罪に手を染めてしまうのでした。
バレないように少女を誘拐し、蔵に監禁したは良いものの、彼はあるミスを犯してしまいます。そして、自ら交番に向かうことになってしまうのでした。
向かった交番にいたのが、本作の主人公・狩野雷太。青年の態度から、狩野は彼の犯罪を暴こうとするのです。
犯人がわかっている倒叙ミステリのはずなのに、ちょっとしたどんでん返しがある一編。予想外のオチが素晴らしかったです。
偽りの春
高齢者の結婚詐欺を働いていた光代。彼女はある日、騙し取ったお金を仲間に持ち逃げされてしまう。さらに、彼女のもとに「これまでの悪事をバラされたくなければ一千万円払え」という脅迫が届く。
追い詰められた彼女は、何とかして現状を打開しようとする。そして、作戦を決行するが、交番のお巡りさん・狩野雷太に疑いをかけられ‥。
本作も犯人である光代視点で物語は進んでいきます。仲間に裏切られた上に、謎の人物から脅迫もされている。この状況を打開しようと奮闘する様子にはドキドキしました。
そして、ラストでは見えてなかった真相すらも明らかになります。
名前のない薔薇
泥棒として生計を立てていた祥吾。何度も逮捕をされたが、現在は真っ当に生きている。そんな彼には優しくしてくれた女性・浜本理恵がいた。
彼女は薔薇の研究家として有名になっていたのだが、久しぶりに再会した祥吾に対して「薔薇を盗んできて欲しい」と頼むのだった。
理恵の思惑と祥吾の過去の行いが明らかになる時、謎が一気に解明されていきます。この物語でも、いきなり予期しないオチが姿を見せます。
見知らぬ友人
大学の同級生・夏希と同棲をしている美穂。家が裕福な夏希は、バイトをしながら大学に通う美穂のために、一緒に生活しようと申し出たのでした。
家賃の負担はなしですが、火事などは美穂の役目。美穂は夏希は自分をこき使いたいという思惑があると考えるようになります。
夏希との生活がストレスになっていた美穂は、彼女がいなくなればいいと考えるようになり…。
唯一、犯人というか事件ぽさは少なめの作品。何となくオチはわかりやすいかもしれません。というのも、本作は次作へのリンクが強いのですが…。
サロメの遺言
人気声優が自宅で服毒自殺した状態で発見された。彼女がヒットしたアニメの原作を担当していた男性が容疑者として警察に拘留されます。
この作品は、この男性視点で話が進みます。しかし、何一つ真実がわからないです。
もちろん倒叙ミステリなので、彼がどんな行動をしているのかはわかります。しかし、その裏にどんな狙いがあるのか、何のための行動なのかがまったくわかりません。
そして、狩野の推理によって、この男性が何をしたかったのか?が明らかになります。この衝撃は素晴らしかったです…。また、四作目との結びつきが強く「そこがそう繋がるのか!」となりました。
作品全体のオチとしても素晴らしく、短編集としても完成度の高い一冊でした。