辻堂ゆめ『十の輪をくぐる』を紹介します。これまでの作品とは異なり、ミステリ色が少なめの純文学に近いようなお話でした。
【厳選】辻堂ゆめのおすすめ小説7選!ミステリ好きは読み逃し厳禁!2019年と1960年代の2つの時間軸で進んでいく物語。親と子のそれぞれの視点から描かれています。とても心に響く作品でした。
スミダスポーツで働く泰介は、認知症を患う80歳の母・万津子を自宅で介護しながら、妻と、バレーボール部でエースとして活躍する高校2年生の娘とともに暮らしている。あるとき、万津子がテレビのオリンピック特集を見て「私は・・・・・・東洋の魔女」「泰介には、秘密」と呟いた。1964年と2020年、東京五輪の時代を生きる親子の姿を三代にわたって描いた感動作
母には息子に隠している何かしらの秘密があった。その背景を描く過去のパートと、息子が成長した現代のパート。後半で明らかになる真実には心が温かくなりました。親のありがたさや人間関係の大切さを痛感させられる作品です。
母が隠していた秘密とは?
58歳の泰介は妻と娘、そして認知症の母・万津子と生活をしていました。話が通じなくなっている母を疎ましく思う泰介。そんなある日、テレビに映る日本代表を見て母はこう呟いた。
「私は‥‥‥東洋の魔女」「泰介には秘密」
意味深な言葉を理解できなかった泰介。彼は、これをきっかけに母の過去を全く知らないことに気付きます。東洋の魔女が意味することとは何か?
そして、母は何を秘密にしていたのか?
本作の構成は、万津子のパートと泰介のパートが交互に描かれています。泰介が母の秘密に迫っていくとともに、読者も母の万津子の過去には何があったのかわかっていきます。
東京オリンピックを区切りとして、過去と現在を描いている本作。家族や夫婦、子どもへの愛情など身近な人間との関わり合いがとても美しかったです。
感情移入はしづらい
見出しの通りなんですが、良くも悪くも主人公に感情移入がしづらいです。泰介は傍若無人でかなり自分勝手な性格。認知症の母を邪魔者扱いしたり、妻に対してきつく当たったり。読み始めた頃はすごく嫌な奴という印象でした。
このキャラクターの行動や心情に何も共感できません。正直、本を読み進めるのが大変でした。ただ、少しずつ、これは伏線だったのか?と思わされるようになります。
母の隠した秘密と息子の言動。前半からの構成が上手いがゆえに、最後には胸を締め付けられるほどの展開が待っていました。
「自分はどうか?」を考えさせられる読後の余韻
母の秘密が明らかになってからの展開。息子がそこから何を感じ取ったのか。読後には切なさや空虚感があったのですが、それ以上に心に温かみを感じます。特に最後の三行は素晴らしすぎた。
自分は周りの人に対して、きちんと接することができているか。親が自分を育てるためにした苦労は計り知れないものだったのではないか。感謝の気持ちを大切にしていこうと思わされました。
若干は急展開な部分があるかもしれませんが、それ以上に素晴らしさを感じられる一冊。読んだ人たちと感想を語り合いたい作品でした。人間ドラマを描いた物語が好きな人は絶対に読んだ方が良いです!